ルキンフォー
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行きたいところ
2008年 12月 04日 (木) 06:43 | 編集
オラ、16カ国目ペルーのマチュピチュに滞在中です



きのう、朝6時50分発の電車でクスコからマチュピチュ村に移動する
約4時間で到着、小さな村を散策したりお昼からビールを飲んだり

きょう、朝4時30分に宿を出発しバスターミナルへ 1番乗り
5時30分の始発で山を登り、マチュピチュ遺跡へ向かう
最初に向かいにあるワイナピチュという山の入山チケットを受け取る
7時と10時の2回のみで1日に400人限定の入山
ここからはマチュピチュが見下ろせるとあって入り口には人だかり

10時の入山まで遺跡を巡る よく空中都市と呼ばれるけど都市というより村
じっくり巡っても1時間かからないくらい 広場や水汲み場や神殿もある
高いとこに登って、太陽を待つことに 朝もやで遺跡は見え隠れ
音楽を聴いたり本を読んだり、マチュピチュで贅沢な時間を過ごす



10時になり、ワイナピチュ登山開始
遺跡との標高差は250M、だけど断崖絶壁で道は急勾配
毎年、山からひとが落下する事故が起こっているという
空気は薄いし体力はないしで通常1時間の山を1時間半以上かけて登頂
頂上から見るマチュピチュは空に浮かんでいるようで
そこだけ世界が違うようで とても不思議な光景だった
ボーっと眺めたり昼寝をしたり、マチュピチュの見下ろせる山でゆっくり過ごした

ワイナピチュを下山し、また遺跡に戻り市街地や居住区を回る
2000年も前に約2000人の人々がここで生活をしていたそう
スペイン軍に徹底的に破壊されたはずのインカの都市、
ほぼ完全な状態で残っているのはまさに奇跡なんだという
こんな山奥に、こんなジャングルの中に、息をひそめていたマチュピチュ
2000年という想像もできない時間、だけど少しだけここに来て感じれた、気がする

クスコに戻ってきて、軽い高山病になった
頭が痛くて、吐き気がして、体がだるい、風邪と同じ症状
苦しかったけど、やっとペルーにいる実感が湧いてなんだかうれしかった
夢だった地上絵やマチュピチュを見ても、まだ夢の中にいるみたいだったから


もしこの旅が夢だったと誰かに言われても、
きっとあたしは「そうか」、と納得してしまうんだろう
それほどの旅なんだ
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ハミングバード
2008年 12月 02日 (火) 09:47 | 編集
オラ、16カ国目ペルーのクスコに滞在中です


リマの中華街で沖縄そばを堪能し、バスに8時間揺られナスカに到着
朝から空港へ行き、地上絵フライトを予約 30分後にはセスナの中



世界3大ガッカリと言われるナスカの地上絵、あまり期待してなかったけど
もう素敵すぎました、感動しすぎました、眼下に広がる絵に大興奮
有名なコンドルやハミングバード、猿や犬や宇宙飛行士がユニークに描かれてる
絵も線もよく見えたし、その大きさにビックリした
絵も大きかったけど、その隣に無数に広がるまっすぐな線や模様の大きさは凄い
中には10キロにも及ぶものもあるという ナスカ人、たいしたもんだなあ
約30分のフライトを終えて、体はフワフワしたままだったけど意識はハッキリしてた
なんてすごいものを見てしまったんだろう、という感動 胸がキュンとした
ナスカ人に恋、しちゃった

地上絵を見た夜、夜行バスでクスコへ
15時間でクスコへ着き、街をゆっくり散歩する
クスコは標高3400メートルの街 歩くだけでへとへとになる
街の中にはカテドラルや教会があり、その前には大きな広場
のんびりした雰囲気に長居しそう ただ、首絞め強盗に注意

明日は朝からマチュピチュ村に移動して明後日はついにマチュピチュへ
眠れなくなるくらい楽しみでドキドキわくわくする 早く明後日になりますように
南米イン
2008年 11月 28日 (金) 01:19 | 編集
オラ、16カ国目ペルーの首都リマに滞在中です


25日 19時過ぎ、リマ国際空港に到着 ついに南米イン
スペインのマドリッドから12時間のフライトで体はもうくたくた
タクシーで宿沖縄に向かい、死んだように眠る

26日 リマを散策 なぜかアジアの匂いのするここ、リマ
昼間でも首絞め強盗やスリが多発 後ろをきょろきょろしながら歩く
英語の通じないローカル食堂でランチ セットでなんと約150円
欧州の中でも物価の安いスペインの10分の1 異世界に来たような錯覚が
街自体は少しキレイで少し汚い、説明し難い混沌さがある

スペイン支配時代のカテドラルはとても大きくて美しい その横には物乞い
ここでも貧富の差が問題になっていることは街を歩くだけで見えてくる
食堂で男の物乞いをしているひとにお金を乞われた 多分、同い年くらい
断りながらも、目を逸らしてしまった自分がいた
直視できない 目の前にいるこの人も、この現実も

あたしは多分、今まで物乞いのいない国に街に安心していたんだと思う
中東や欧州では、ほとんどいなかった いたとしてもきれいな身なりをしていた
南米に入って、汚れで真っ黒くなった物乞いしている人をたくさん見て
きっと自分が責められているようなきもちになったんだと思う 
お金や物を乞われて、断る罪悪感から逃げていたんだと思う 
あたしって、何も変わってない アジアから何も成長してないよ

相手が子どもなら一緒に遊ぶことはできる、でも大人のときはどうしたらいいの
同情するなら、金をくれって昔のドラマであったけど、本当その通りなんだろう

何もできない、いや、何もしないあたしがここにいます
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